俺は正直、スマホ依存だと思う。
一方でスマホは異次元に便利な道具だとも思う。
必要な情報や、作業に一瞬でアクセスできるし、コンテンツ作成もコンテンツ消費もできる。
現代最強のツールだと思う。
でも、それはあくまで「使っている」側の意見。
依存していると日々悩んでる側からすると逆かもしれない。1日フリーであれば、ずっとスマホを触っている。
時間にして10時間とかの日もあるくらい。
内訳は、youtube,Instagram,chrome…時にはkindleやアマプラ、wowowなども見るが、一日中ずっと触っている。
これ自体は正直改善したい。とずっと考えている。
そのための方法として、いくつかやっていることもある。
タイムロッキングコンテナ(スマホロック)に入れたり、アプリ設定で使用制限時間を設けたり…。
「うまく戦えている日」もあれば、「敗北する日」もある。
対策自体ももちろん大事だが、あくまで対処療法的な側面があると思う。
このスマホ依存…依存していまう現象とうまく向き合っていくのに必要なことは、【依存となる理由→根本】を知ることだと思う。
今回は、対策というよりも、そもそもなんでこんなにスマホを触らないといけなくなってしまったのか…について考える。
参考になるかはわからないけど、共感してくれる人がいるとそれだけでも嬉しい。
答えは出てる。
スマホ依存症の根本は【不安】にある。
答え→スマホ依存症の根本は【不安】にある
最も大きな原因は【不安】だと思う。
不安といっても、いろいろな方向での不安があると思う。
【不安】はこの世にある、およそ全ての行動原理になりうる。
それゆえ、スマホ依存についても当然、理由になってくる。
ただ、【不安】と言っても、色々な方向の不安があると思う。
今回、自分の場合は、どのような不安なのかを考える。
依存症を打開し、うまく付き合っていくには、その根本となるものの正体を知ることが大事になる。
きっと向き合うってそういうことだと思う。
できるだけ、実体験を言語化していく。
「何も得ていないこと」への不安
まずは「何も得ていないこと」への不安。
スマホを目的もなく触っている時に感じている。
特にshort動画は、スワイプすれば、無尽蔵に動画が自動再生され、気が付けば何時間も…なんてザラにある。
「この動画じゃない…もっと面白い、自分にとって有益な動画があるはず…」
「次のページには、何かがあるかもしれない」
という期待だ。
ただこの期待は、不安の裏返しだともいえる。
「今はまだ何も得ていない」からこそ「次」に期待し続ける。
でもどのページにも、自分にとって最高の何かが見つかることはない。
今まで何十時間、何百時間と触ってきているが、「何かを得たことは1回もない」
しかし、それまでに時間を費やしたコストを考えると、「何も得ずに帰る」わけにはいかない。
「サンクコスト」とも言われるが、まさにそれ。
この負のループは「何も得ない(得るわけがない)」ことによって、永遠に終わることはない。
毎日、1日の終わりに虚無感を感じて、後悔とともに一日を終えてしまう。
「何も進んでいないこと」への不安
次に、「何も進んでいないこと」への不安。
スマホでドラマや映画、ゲームなどをやってる時に感じる。
ふと、考える
「今日は何かが進んだのか…」と。
ドラマや映画、ゲームなどは、達成目標がとてもわかりやすい。
全部見た、とか、シリーズものを全部見切った…とか。
ここまではクリアした、進んだ…。
人は、一日でできることを過小評価している。
が、1日で「何かが進んでいること」を実感したい生き物である。
だからこそ、だらだらとスマホを触っていたその時間に何かを進める必要がある。
それを解消してくれる(気がするだけなのだが…)、ドラマや映画、ゲームなどである。
もちろん、コンテンツとして面白いし、楽しみになっているなら全く問題ないと思う。
ここでは、そういったモチベーションすらないのに、ずっと探してるときは、この類の【不安】に駆られているのかもしれない。
「周囲との差」への不安
「周囲との差」への不安。
SNSはこれの最たるものだと思う。
SNSには、全てが充実していて、完璧な投稿しかない。
全員キラキラしてるし、かっこいいし、美しいし、社会的な承認もあるし、お金も持っていそう。
最高の毎日を過ごし続けている。
それに比べて自分はどうだろうか…。
ただ1日をスマホを見て過ごしている。
「最高の毎日」を過ごすためのアクションは取れていないけど、その投稿を見ている間は、その一員になっている気がする。
「周囲との差」への不安は、自分にスマホを触ってていい理由を作ってくれる。
その「差」を埋めるためには、必要な道具や環境がある。
それらをリサーチして、「最高の毎日」を過ごす準備をしているという免罪符をくれる。
リサーチばかりして、気が付けば数時間…思ったよりお金も掛かるし、面倒くさい。
「〇〇 やめとけ」とか検索したら反対意見も見ることになり、先ほどまでの自分のモチベーションも収まる。
結局「調べただけ」で「周囲との差」は何も埋まらず。
また新たな方法を探し、スマホの中をさまよう…。
「何も生み出していない」ことへの不安
「何も生み出していない」ことへの不安。
重複する部分もあるが、この不安についても考えたい。
スマホで見るものは、全て誰かの成果物、すなわち「生み出したもの」になる。
公にされるくらいだから、「恥ずかしくない成果物」だと思ってしまう。
毎日、誰かが生み出したものが大量に流れてくる。
自分はどうだろうか…。
「今日という1日で、何かをこの世に生み出したのだろうか…いや、していない」
スマホを目的なく見ている時間→コンテンツを消費しているだけ、と言える。
消費しかしていない。
自分が何かを生産しているわけではない。
でも、生み出すって言ってもどうにもできない…。
やり方もわからないし、時間かかりそうだし、ましてやお金が稼げるかもわからない。
そうなったら、もう何かを生み出すという気はなくなる。
じゃあ自分は、もう消費するしかない…。
特に1日中スマホを触って何もしなかった日の後悔は凄まじい。
1日の終わりには「今日何もしなかったな…」と後悔をして、自分嫌悪に陥って、さらにネガティブになっていく。
でも解決したい人への提案がある【ブログやろう】
【ブログやろう】
と提案したい。
ここまで出てきた不安と向き合うためには、何かしらのアクションが必要。
いきなり、何かをするのは難しいかもしれない。
でもそんな人でもブログはおすすめしたい。
おすすめの理由は…
- ブログやると意外と忙しくなる→スマホも目的をもって使える
- 何かを得ることができる→自分のブログサイト(スキル、読者、収入)
- 日々進化する→記事が増える、ブログ自体のデザインを綺麗にする、文章がうまくなる
- 周囲との差→気にならなくなる、「最高の毎日」を作る側になるかも
- 何かを生み出す→記事を世界に生み出す
これに加えて、ブログの良いところは、
- 匿名で良い→黒歴史対策、失敗しても大丈夫(サーバー代1万円/年くらい)
- 日記で良い→何書いても良い、
- 簡単→やり方は調べたらいっぱい出てくるし、AIに聞いてもできる
正直、いいこと尽くめ。
注意したいのは↓
- 完璧を目指さない→完璧など存在しない、そもそも誰も見てないので大丈夫(読者が増えた時に初めて気にしたら良い)
- 最初から収入得ようとしない→ほぼ無理、稼ぎたいならバイトした方が良い
結論:【不安】は消えないからこそ、それを力(ネタ)にする
【不安】はスマホ依存症の根本として考えてきた。
でも捉え方を変えてみてはどうだろうか。
どこまでいっても【不安】が解消されることはない。
ということは、解消されるべきものではないのかもしれない。
では、せっかくなので【不安】を力(ネタ)にしてみてはどうか。
【不安】は全人類の「あるある」だ。
ネタとしては、実は最もポピュラーかもしれない。
一方で、そんなにポジティブになれない人もいると思う。
だとしたら、それはぜひ吐き出すべきだ。
吐き出すだけで少し楽になるかもしれないし、共感してくる人がいればちょっと心強い。
だから結局「ブログやろう」という提案に至る。
だんだん楽しくなってくるしね。




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