大学院生になって、もう2ヶ月が経ちます。
現在は通学に往復4時間をかけながら、教授の研究室に毎日のように通っています。
今日は、そこで見て、感じ、そこから考えたことについて書きます。
結論から言えば、「35歳、自分の人生を自分のやりたいことに使う」ということです。
【きっかけ】本棚に大量の本、そして大量の付箋
ここ最近、読書を積極的に行いつつ、自分の研究のためにも論文や本を読んでいます。
とにかく時間を見つけては、少しずつでも読むようにしています。
そして、
来る日も来る日も研究室に入り浸る中で、素晴らしい学びと、そのきっかけに出会いました。
大学教授の研究室ともなると、そこには大量の本があります。本棚に囲まれている、まさに夢のような場所です。
驚いたのは、その本すべてに大量の付箋が貼られていたことでした。
その光景を見て、私はシンプルに「なんだかいいなー素敵だなー!」と思いました。
この体験が、35歳の自分の人生について考えさせられる素晴らしいきっかけになりました。
35歳は「偉くなり始める」年代
35歳とはどんな年代でしょうか。私は「偉くなり始める」年代だと思います。
仕事や会社ではある一定の評価を得て、ベテランになり始めます。
部下ができ、責任のある仕事を任されることも増えるでしょう。
プライベートでも結婚や子育てなど、新たなライフイベントを経験しているかもしれません。
20代から見れば「経験豊富で仕事ができる人」という印象ですし、
上の世代からは「脂が乗っている」「大きな期待を寄せられる勝負の年」として、
ポジティブに捉えられることも多いはずです。
周囲から尊敬され、若すぎないことから「舐められる」こともなくなります。
しかし、その一方で「失敗すること」や「恥をかくこと」に対して、かなりの抵抗感が出てくる時期でもあります。
強みを最大に発揮できる反面、弱みを見せられなくなる。
35歳は、多くの面で「複雑な年代」と言えます。
ミスや挑戦に臆病になる理由
ミスに臆病になることは、決して悪いことではありません。
責任のある仕事がある中では、大きな損失になることもありますし、部下の成果にもつながります。
ミスや失敗が「レース」から外れてしまうことにもなりかねないです。
しかし、この年代の難しいところは、
ミスだけでなく「恥ずかしいもの」や「ネガティブな評判」に対しても臆病になってしまうことです。
常に他人や周囲との比較があり、多くの葛藤を抱えながら生活しなくてはなりません。
自分だけでなく、周囲の目を気にしながら行動していると、新しいチャレンジに踏み込むのは非常にハードルが高くなります。
「そんなことしなくても普通に生きたらいいのに」
「意識高い系?」
といった言葉を投げかけられるどころか、そう思われること自体が怖くなってしまうのです。
実態のない「誰かの評判」に怯えていないか
SNSを見れば、批判的な意見や、当事者ではないからこそ心穏やかに見られるようなコメントが多く目に付きます。
普段からそうしたネガティブな情報に触れ続けていると、
「自分もこんな風に思われるのではないか」
と投影して考えてしまいます。
きっと「頭のいい人」ほど、そこに思考を巡らせてしまうかもしれません…。
結果として、会ったこともない人から言われてもいないネガティブなコメントに、チャレンジ精神を奪われてしまうのです。
多くの人は、失敗そのものよりも、
「会ったこともない誰かの評判」
「いじられたらどうしよう」という妄想、
そんな実態のないものに怯えているだけなのではないでしょうか。
付箋が詰まった本棚が教えてくれたこと
あそこに並んでいた本は、誰かのためにある本ではないと感じました。
この教授が
「面白い」
「重要」
「心に刺さった」
と感じた、自分のために本を使っているように見えたのです。
一方で、
「本を大事にしろ」
「付箋を貼ることは学習効果として非効率だ」
「付箋を貼って満足しているだけではないか」
といった、根拠のないネガティブな妄想はいくらでも思い浮かびます。
しかし、あの研究室の本は、
「会ったこともない人」
「存在もしない批判」
のために存在していません。
それらとは完全に別次元のものとして存在していました。
教授もまた、
「付箋を貼っているところを見られたらどう思われるか」
なんて全く気にしていないはずです。
ただ、自分の探求のために本を有効活用している。
そこには「自分のやりたいことのため」という点だけがありました。
今日が一番若い日、人生は自分のためにある
「今日が一番若い日」という言葉をよく耳にします。
私もその言葉を胸に、いましかできないことを実践しながら大学院生活を送っています。
見知らぬ人の、言われてもいない評判やコメントに怯えて生きていくのは本当にもったいないことです。それによって挑戦を諦めてしまうのは、なんと悲しいことでしょうか。
やりたいことの過程が恥ずかしくても、みっともなくても、ダサくてもいい。
自分のやりたいことに突き進むことに、人生の時間を使うべきです。
実際には、教授がどのような思いで本を読んでいるのかは分かりません。
でも、その過程は間違いなく教授自身のためのものであって、存在するかもわからない雑音のためのものではありません。
「新しい挑戦」というのは、当然、順風満帆にはいきません。
基本的にはうまくいかないことや、失敗ばかりです。
知らない人が見たら、変に思われたり、茶化されることもあるかもしれません。
あの教授と同じように、存在するかもわからない雑音のために人生の大事な時間を使うわけにはいきません。
35歳という「複雑な年代」だからこそ、
周囲の目や評判を気にせず「自分のやりたいことをやる」という選択は、とても豊かな時間の使い方だと思うのです。
付箋を貼った本を見て、改めてそう強く感じました。

