35歳の理想の生き方って、なんだろう

波打ち際を自分のペースで歩く、自由な生き方のイメージ

最近、そんなことをよく考えます。

目次

35歳という数字と、比較の無意味さ

35歳といえば、それなりに仕事も任されて、家も買って、というイメージがあるかもしれません。
そのイメージと比べて今の自分はどうだろうか…。そう考えることがあります。

でも、誰かと比べ始めるとキリがないし、たぶん何も生まれないことも理解できています。比べられている相手も、まさか自分と比べられているなんて想像すらしていないと思います。
そんな私も実は他の人から比べられ、羨ましがられているかもしれません。(あいつは自由に生きていて羨ましい…)

ただ実際問題として、イーロン・マスクや前澤社長と自分を比べて、途方に暮れる人はいないはずです。結局、なんとなく近しいカテゴリーの人とどんぐりの背比べをして、勝手に不幸な気になっているだけなんだと思います。

つまり、誰かとの比較というのは無意味な行為だと言えます。

月20万円あれば、ひとまずクリアだと思っている

そもそも、なぜ35歳の理想の生き方について考えるようになったかというと…
現在の自分の生活が理想と思いつつも、一方で向き合わなければいけない現実に直面しているからです。
それは、ずばり収入の面です。今、収入がほぼないからです。

目標としているのは月20万円。根拠はいたってシンプルで、家賃を含めた生活費と娯楽費でだいたい15万円、そこにあと5万円あれば、大抵のことには対応できる。それくらいの計算です。

実は、自分自身の現状としては、これまでの頑張りのおかげで、いわゆる老後の心配はしなくていい状態にはなっています(資産運用が順調にいけば、の話ですが)。ただ、これはあくまで老後のための資産であって、今の生活費として使うつもりはありません。今の段階でその資産には手をつけたくないのです。

だからこそ、今の生活費は、今の自分の力で稼ぐ必要があります。

お金を稼ぐ方法として、真っ先に思い浮かぶのは、やはり会社員として働くことです。

会社員とは、時間と自由のトレードオフだと思っています。

1日8時間、月20日くらいの時間と引き換えに、20万円ほどのお金をもらう。仮にやる気がなかったとしても、何かの成果をあげられなかったとしても、真面目に勤務していれば、毎月必ずお金は入ってきます。
逆にどれだけ自分の時間を犠牲にして、身を粉にして働いたとしても、ほぼ変わらないようなお金しか入ってきません…。(もちろん、一部には成果給やインセンティブで大きく変わる仕事もありますが、多くの場合はそうではないと思います)

でも、これは今の自分が欲しいものとは違うな、と思っています。
そうやって手にした20万円は、その売った時間と同等以上の価値があるのでしょうか…
と、ふと考えてしまうわけです。

20万円で売ったその時間で、もっと自分が「面白い」とか「楽しい」と思うことができなかったんだろうか…。
というか、多忙すぎて何をしていたか、正直あまり覚えていませんでした。
ではその1か月に何の意味があったんでしょうか。

そう考えると、正直、あまり良い時間の使い方ではなかったのかもしれません。それでも唯一、確かにあったと言えるのは、安定的な収入があったということです。

そして、今の自分に一番欠けているのは、皮肉にもその安定的な収入なのです。

安定的な収入を手放して学んだこと

仕事をコントロールしながら学生になったことで、悲しいことに収入はほぼゼロに近い状態になりました。

会社員だった頃は安定的な収入がありました。
しかし、自分にとって「自由な時間」と呼べるものはほとんどありませんでした。
朝早くから夜遅くまで、ろくに休みもなく1年が過ぎていく。
安定的な収入がある会社員だったかもしれませんが、それはただお金が定期的に入ってくるだけだった…とも言えます。定期的な収入以外に得ていたものはあったのか…と聞かれるとやはり答えるのが難しいです。ただ、その会社員としての日々が、「自分軸で生きること」について考えるきっかけになった、ということは間違いありません。

安定的な収入が欲しいのなら、また会社員に戻ればいいんじゃないの…?

と何度も考えました。ただ、これまでの経験上、その生き方は自分には向いていないと学びました。時間を切り売りして働くというやり方が、どうも自分には合わない。やりたいことや得意なこと、専門を活かした上で収入を得た方が幸せだなとつくづく思うようになりました。

特別に自分でなくてもできる仕事をして、時間と引き換えにお金をもらうだけなら、
「そもそもこの仕事は自分がやる必要がないじゃん…」
と、一気に退屈でつまらないものに感じてしまいます。

自分軸で生き方を選んだ結果、専門分野で個人事業主として独立する道を選びました。そして現在は、さらに研究し、形にしてみたくて大学院へ進学しました。

振り返ってみると、その結果として、安定的な収入を手放すことになったのだと思います。

自分にとっての自由とは、任せること

もちろん、そういった会社員の方々がいるから、今の生活が成り立っています。
もちろん、私もそのうちの一人でしたし、その生き方は、素晴らしいと思っています。だからこそ、自分はその方々に敬意をもって、甘えさせて頂き、自由に生きたいと思うようになりました。

自分の「得意なこと」や、「自分だからできること」、そして「自分がやりたいこと」をやっていけばいいと思っています。

逆に、「苦手なこと」や、「自分じゃなくていいこと」、「やりたくないこと」は、他の人に任せていいとも思います。きっと、得意な人がいるし、その方が効率も良いはずです。
全てを自分でやる必要はないと思います。
自分にとっての「自由」は、誰かに頼ったり、任せたりすることの上に成り立っています。

いい意味で緩く、「他人任せ」になるくらいがちょうどいいと思います。

収入がゼロでもやってること

自分軸で生きるためには、死なない程度、安心できる程度の収入が必要になります。
やはりそこに綺麗事は存在しません。生きるにはお金が必要です。そしてその目安が先に述べた月20万円というわけです。

ただ一方で、「月20万円あれば、それで万事OKなのか…」という考えも出てきます。きっとまた、30万、40万と言い出す気はしますし、収入の無い現在は、あればあるほど嬉しいのは間違いありません…‼

そう考えると、そもそも「幸せ」というのは、お金やその金額では測れないものなのかもしれません。

だとすれば、答えは別のところにあるはずです。
そしてその答えは、今現在にあると思っています。

収入がほぼゼロでも、今のこの生活を続けている。それこそが、自分が本当にやりたいことをやっている証拠なんじゃないかと、思うのです。
35歳、学生、収入はほぼゼロ。普通に考えれば不安だし、「良くない状況」のはずなのに、実は幸せなことなんじゃないかと感じています。

自分軸で生きる

「もし収入を気にせずに何をやってもいい、という状況になったら、何をしたい?」
「そのとき思い浮かんだものが、あなたが本当にやりたいことだよ」

よくある例え話です。そうやって自分軸の生き方を探す、という考え方は多くの書籍でも語られています。ただ、これはあくまで仮の話であって、実際にそれを行動に移すとなると、かなり勇気のいることです。

私の場合、今取り組んでいる学問であり研究が、それにあたります。正直に言うと、収入も得られたらいいなと思いながら踏み出しました。ただ、結果的にはそうなっていない、というのが現状です。

そう考えると、今のこの生活自体が、すでにその問いへの答えになっているのだと思います。

今の自分は、これまでで一番自由で、幸せだと感じていますし、面白いな…と思っています。
自分の選択を、後悔なく愛することができています。

お金にこそなりませんが、今の自分にとっての理想の生き方なのかもしれません。
(いつかお金になってくれたらより最高なのです…‼)

波打ち際を自分のペースで歩く、自由な生き方のイメージ

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